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三田図書館・情報学会誌論文(論文ID LIS009053)

著者
Danton, J. Periam
和文タイトル
The Diffusion of Library Education Since World War II.(第二次大戦後の図書館学教育の普及)
英文タイトル
The Diffusion of Library Education Since World War II
掲載号・頁
No.9, p.53-60
発行日
1971-09-01
和文抄録

第二次大戦ぼっ発当時は,公式の充実した図書館学教育は主としてヨーロッパと北米大陸で行なわれていたが,30年程前から事態は一変し,前記2大陸以外の地域の24か国ではじめて図書館学校が設立され,今では1つも公式の図書館学校のない地域は南極大陸のみとなった・アルゼンチン・ブラジル,インド,フィリッピソ,南ア連邦等の国々は,現在6校またはそれ以上の図書館学校をもっている。

ヨーロッパでも,ノールウェー,フィンランド,フランス,オランダ等の国々で図書館学教育が拡充し,正式の図書館学校のない国々でも,現職者教育,実習,講習,厳格な試験制度等により,学術図書館には極めて程度の高い専門職員をおいている。オーストリアはそのよい例で,上級専門職員は博士号をもっていることが第一条件となっている。

第2次大戦以前から図書館学教育計画が実施されていた国々でも,戦後の普及発展はめざましく,アルゼンチン等9か国がその著しい例として,それぞれの国の1939年と1970年の図書館学校数を記して,その増加ぶりを示している。世界中では確実なところ250の新しい学校がふえている。

これらの新しい学校は当然ドイツ,イギリス,アメリカ等の先進国の影響を受けているが,唯1国の影響を受けている場合と,複数国の影響を受けている場合がある。日本の慶応義塾大学はアメリカ1国のみの影響を受けた例である。いくつかの新興国の図書館学教育は特定の個人の努力により進められた。例えばインドでは,現在西パキスタンのパンジャブ大学において Asa Don Dickinson が最初の図書館学教育を創め,ウルガイでは Arthur E. Gropp がはじめて図書館学校を開いた。

エルサレムの図書館学校のように,米,英から組織を,独,仏から理論をとりいれたというように多方面から影響を受けた例も示されている。

以上のような図書館学教育の普及発展が起った主な理由としては,戦後学生数の急増,図書館員の不足,ドイツ等国によっては戦禍による図書館および図書館員の喪失等があげられる。又発展途上の国々,特に戦後独立をかち得た国々は,自分達の手で近代的な新しい教育組織を作ろうとして多くの学校を新設し,そこに図書館員を必要としたし,主な政府機関も図書館をそなえようとした。博愛主義もまた重要な役割を果し,アクラ,アンカラ,イバダン,東京等は,ユネスコ,フォード財団,ロックフェラー財団等の財政的援助,その他の援助によって図書館学校を作ることができた。

以上においてい図書館学教育の質的な面にはふれなかったが,財政,教職員の数と質,施設,教育のレベル,授業内容等についてのデータの入手は非常に困難で,もし得られたとしてもそれらを国際的な規模で比較評価することはむつかしいし危険なことである。いずれにしても学校により格差のあることは確かである。質の問題は重要ではあるがこの論文の中心テーマではなく,強調したいことは,国で専門職員養成の必要を認識することは即ち図書館員の地位を向上させることになり,1年間の専門教育はもしその教育が不十分なものであったとしても図書館サービスの質の向上に資するということである。世界中の多くの学校が小さな無視された形ではじまっているが後に立派なものに発展している場合が多い。30年前には1つも学校のなかった国々に50の学校ができ,その他の国々に200の学校がふえたという事実は重要な意味をもつ。

(I.H.)

種別
原著論文