三田図書館・情報学会:Mita Society for Library and Information Science

【2005研究大会】近代的主体の成立と図書・図書館による近代の存立

◆氏名 海野敏,影浦峡,戸田愼一
◆所属 東洋大学,国立情報学研究所,東洋大学
◆発表題目 
 近代的主体の成立と図書・図書館による近代の存立
◆発表要旨
(1)研究目的
 本研究の目的は,近代的主体の成立と,図書というメディアおよび図書館という社会制度との呼応関係を手がかりとして,近代社会における図書館の存在意義と社会的機能を理論的に考察することである。
(2)研究方法
 そのために,哲学における主体論,権力論の文献,社会学における共同体論,近代化論,メディア論の文献,図書館情報学における図書館史,公共図書館論の文献などを対象として,批判的な読解と分析的な整理を行った。
(3)得られた(予想される)成果
 人間社会の歴史的変化を前近代から近代への二分法で捉えることは,現在の人文・社会科学における了解事項である。近代の本質的特徴は論者によって異なり,見解は一致していないが,図書館のような社会制度の存立を考察するにあたっては,近代の本質を「行為主体としての〈個人〉の成立」とするのが妥当である。なぜなら,私有財産制と自由市場という経済システム,基本的人権の尊重と個人の責任追及という法システム,民主主義と選挙制度という政治システム,自由と自己実現の追求という価値システム等のいずれも,〈個人〉=近代的主体の成立が前提となった社会制度だからである。この〈個人〉は,ミシェル・フーコーの言う「経験的・超越論的二重体」であり,すなわち自己を特権的に制御できるメタ自己の成立を前提としている。
 まず,メディアを「人間どうしがメッセージを伝達するための社会的な機制」と定義し,メディアを介して〈個人〉が成立し主体が維持されるためにそのメディアが満たすべき条件を明らかにする。あらゆるメディアをこの条件に照らし合わせて比較分析し,図書,とりわけ印刷本が〈個人〉を再生産(育成)するためのメディアとして特権的な位置にあることを示す。
 図書が〈個人〉の再生産において特権的であるとすれば,図書を媒介項とする情報・知識の社会的流通のしくみである出版流通制度と図書館制度が特権的な位置にあるのは明らかである。さらに近代的な図書館は,その歴史的経緯と実態を鑑みれば次の三つの理念を有している。
 ・利用者の自発性:能動的にのみ利用される。
 ・コレクションの完全性:網羅的収集と永久保存が目指される。
 ・サービスの普遍性:全市民が無料で利用できることを原則とする。
 利用者の自発性,コレクションの完全性,サービスの普遍性を理念としている限りにおいて,図書館は〈個人〉を再生産するための制度として,出版流通制度よりもさらに特権的な位置にある。なぜなら,出版流通制度は完全性と普遍性を欠いているからである。この主張は,ほかのあらゆるメディアと比較分析することによって補強することができる。
 近代図書館は公教育と並んで,〈個人〉を単位とする社会制度を成立させるために〈個人〉を再生産するための「メタ制度」と位置づけることができる。ただし公教育は利用者の自発性いかんにかかわらず発動するのに対し,近代図書館はメタ自己の成立における自発性を重視するものでありその意味では,現実的効果は別にして,近代図書館は近代を存立させる社会制度の理念を最も強く体現しているものと結論できる。

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