【2005研究大会】戦前期公共図書館における教育の模索―今澤慈海の図書館論を中心に―
◆所属 慶應義塾大学(非常勤)
◆発表題目
戦前期公共図書館における教育の模索―今澤慈海の図書館論を中心に―
◆発表要旨
(1)研究の目的
本研究の目的は,戦前期の公共図書館においてどのような教育が模索されていたのかを,図書館での実践に携っていた図書館員の視点から明らかにすることである。具体的には,東京市立図書館館頭として,東京市立図書館を発展させるとともに,戦前期の日本における公共図書館論を構築した今澤慈海の図書館論を中心に,公共図書館においていかなる教育が模索されていたのかを検討する。
今澤が東京市立図書館館頭として活躍したのは,大正デモクラシーを背景に社会教育や社会政策が注目され,教育への関心が学校教育に限定されなくなった時代である。ことに,第一次大戦後の「教育改造」では学校教育,特に義務教育の限界性が認識されていた。このことは,実現はされなかったものの,臨時教育会議において義務教育年限の延長が審議されたことや,1921年,文部省に社会教育課が設置されたことにも反映されている。また,この時期,民間においても知識人を中心に趣味や娯楽を対象とした教育が構想されている。
このような意味において,大正期は「教育拡充」の時代であったといえよう。また,新教育運動は,従来の学校教育を画一的」,「強制的」とし,子どもの個性や自発性を重視した新教育運動を展開したが,これも「教育拡充」の流れに位置づくものである。一方,地方改良運動以降,社会教育に対する関心は徐々に高まりを見せ,中でも図書館は社会教育機関として注目されるようになる。勿論,これは図書館を通じて一般民衆を「教化」するという意図に基づいてはいるものの,それまでは個々人の趣味や娯楽としてしか捉えられていなかった読書という行為が「教育」の対象として認識されるようになったという意味において,画期的な出来事であるといえよう。
以上のような動向の中で,今澤は図書館における「生涯的教育」を構想した。今澤の図書館論及びその実践は,戦前の公共図書館論,実践に多大な影響を与えるとともに,戦後の公共図書館の基盤となる近代的な公共図書館論の原型を形成する一翼を担うものであったと考えられる
(2)研究の方法
本発表では,①今澤の著書である『児童図書館の研究』『図書館経営の理論及び実際』及び東京市立図書館の館報である『市立図書館と其事業』などに掲載された論稿から,今澤の図書館における「生涯的教育」構想を明らかにする ②今澤よりやや遅れ,昭和期に図書館論および読書指導を展開した中田邦造の,図書館における「自己教育」構想を,『石川県立図書館月報』等に掲載された論稿から明らかにする③今澤,中田の論を比較検討することを通じて,戦前期の公共図書館において教育がどのように模索されていたのかを検討する。
(3)予想される結果
本研究は,戦前期の公共図書館において,教育というものがどのように位置づけられていたのかを具体的に把握する一助となるだろう。また,現代の公共図書館論の原型を形成した時期の図書館論を分析することは,現代の公共図書館における教育を検討する上でも示唆するところがあると考えられる。